月食

晩の空を見上げている人には声をかけたくなる。 そんな感じでむずむずする夜。
 遅い夕食の帰り、いつもの道を自転車で帰る途中で気がついたのは、すでに月食が始まっていたことだった。 赤黒く浮かんでいる月を眺めようと自転車を止めたわたしに、そのおばさんは声を掛けたのだった。
 「ねぇすごいですねなんでも千年に一度なんですってめずらしいわねぇ。 さっきまでちょっと光っていたけどもうあんなに暗くなっちゃってねぇめずらしいわね。 さっきニュースであれこんな感じで見えるなんてあまり遅くまで見てられないけど明日のテレビできっと。 では、おやすみなさい」
 「おやすみなさい」と応えたわたしは、空を見上げている人には声をかけたくなる、だれもがむずむずする夜だったんだなと思う。