【ある均質空間の一様相】

 ルーク・スカイウォーカーの目の前にダース・ベイダー*1がいた。ルークは迷わずライトセイバー*2を滑らかに抜き放った。それは太く低い、ヅーッンン……という音を発した。と、ルークはダース・ベイダーの右翼で腕を組んでいるダース・モール*3に気がついた。さらに2人の肩越しの背後に、皇帝*4の雰囲気も感じていた。
 そこは廊下であった。桧ばりの床が、ルークの足元からはるか前方へ続き、左手には枯山水を模した庭が広がっていた。右手には虎と龍が交互に墨書された襖が整然と並んでいた。桧の強い香りと、墨汁の冷ややかな匂いがルークを落ち着かせる。
 オビ=ワンとクワイ=ガンの2人がかりでやっとダース・モールを倒したことを、ルークは知っている。そして、皇帝を倒したのもやはり、自分とアナキンの2人がかりであったことに気がついた。
 床板の冷たさで、ルークの裸足の足裏がさらに冷たくなった。ジェダイは卑怯だ。しかし、ルークは自分がそんな世界にしか住めないことを理解している。ここにジェダイが、ルークひとりしかいないことがせめてもの救いだった。
 「3対1なら卑怯な手を使わなくてすむ」
 「ルーク」ダース・ベイダーは一歩踏み出し、左手をルークの方へ差し出した。「わたしはおまえの父だ」一迅の風が、黒いマントをぼうばうと鳴らした。ダース・ベイダーは、剣道の防具をつけていた。目を凝らすと、前垂に「鬼軍曹」と書いてある。
 たたたんたんたんたんたと、ルークの後方から廊下を軽やかに走る足音が聞こえた。ルークは、ダース・ベイダーから目を離さず、腕だけを回して後ろから近づく足音をライトセイバーでなぎ払った。軽い手ごたえを感じ、ルークは後方に何かがぱたりと倒れた気配を感じた。すかさずライトセイバーくるりとまわし、ルークは正面で構えなおす。後ろでゴツッという音。ルークは思わず、振り返った。
 「おお、かわいいわたし! ぬう、それフォース」ダース・ベイダーは伸ばした左手を少しだけ動かすと、難なくルークの手からライトセイバーを奪い取った。
 ルークはちらとダース・ベイダーを一瞥しただけで、ふたたび背後を確認した。後ろに倒れていたのは、子供であった。痙攣する体から離れた、アナキン・スカイウォーカーの頭はルークを見上げてあかんべえをしていた。
 しかしルークはつとめて平静であった。正面のダース・ベイダーへ言った。「父は死んだ。いまぼくが殺した」
 「ほーっほっほほ、ほ、ほ、ほ、いいセリフじゃ。誰ぞに聞かせてやりたいのう」と皇帝の声が響いた。
 「んなやつ、一振りにして」それがダース・モールの声だと知って、ルークは初めてうろたえた。その声は、オビ=ワンと同じだったからだ。
 「吹き替えっぽいが、オビ=ワンとそっくりじゃろう?」皇帝の声には笑いが含まれていた。「残念ながらクローン*5だがな」
 「ふん、何度まっぷたつになっても、復活してやるわー」ダース・モールは、自分専用のライトセイバーをバトントワラーのように片手でくるくると回し、中空に飛ばしてからはっしとそれを捕まえ、ついでにとんぼを切って右足をダンと床に踏み込むと、歯を剥き出しながら見栄をきった。遠くでししおどしが、ッコーンと鳴り、イョーッという合いの手と共に三味線がベベンッと響き、鼓の音がそれをキョー……ンと受けた。風が吹く。
 「顔が、違う」ルークは湧きあがる体の震えを押さえながら、絞り出すように叫んだ。「ベンとぜんぜん似てない!」ベベンッ。
 「ルーク、戦っちゃダメ」右奥から、レイアとアミダラの声が同時に叫び、スたたんと襖が開いた。キョーォ……ン。
 「ここへ来ちゃいけない」ルークは、廊下へ駆け込んできた2人を見た。アミダラは、塩沢とき*6の7倍くらいの大きな頭で、蛍光色の十二単を着崩していた。レイアは、オレンジ系のハイビスカス柄のビキニトップに、青系のパレオを下半身へ巻きつけていた。若作りなレイアはしかし、どう見てもアミダラよりも年上で、ただのおばさんにしか見えず、肩でごうごうと息をしていた。
 これが妹ということは、ぼくはおじさんか? ルークは自問した。「“ぼく”なんて自称してていいのか?」
 「油断」ダース・モールがルークのすぐ目の前にいた。赤と黒のだんだら模様の顔を近づけ、ダース・モールは酒臭い息をはあぁぁぁぁぁと吐いた。瞬間、ライトセイバーが閃き、ダース・モールの一撃目を、なにも考えずにルークは受けた。次々と繰り出されるダース・モールの攻撃を、ルークはさらに倍の手数で受けた。ダース・モールの一挙一動には隙がなく、その攻撃と防御が一体となった動きには、中国棒術の美しささえあった。
 ついさっき、ライトセイバーダース・ベイダーに奪われたはずではなかったか? ルークは、そんなことを気にする間もなく、ひたすらダース・モールの激しい攻撃をうまい具合で受け止めるだけだった。虎と龍の襖が、かわりばんこに弾け飛んでいく。
 「ちょーかっこいけど、敵つーことでね」その場へ腰を落としたレイアは、ビキニのボトムを履いていなかったらしい(ハン・ソロ後日談)。十二単の裾を勢いよく蹴り上げたアミダラが、レイアの後ろに立った。隊形を整えた2人は、光線銃から放たれる光線をダース・モールに猛然と浴びせかけた。
 ダース・モールくるりと反転し、振り向きざまにライトセイバーでその光線を難なく受け、一声「それフォース!」と唱えた。ダース・モールのフォースによって反射した光線は、アミダラを直撃した。スタント*7なしに後方へ勢いよく吹っ飛んでいったアミダラは、左回りにスピンしながらC-3POとR2-D2とインペリアルガード*8を巻き添えにして、ついには廊下の突き当たりの金屏風の一面に赤鄢く貼りついた。
 「こら、ひとの奥さんに何てことする! それにフォースの使い方が間違っとる」ダース・ベイダーライトセイバーを、ダース・モールに向かって投げつけた。「それフォース」
 ダース・ベイダーが投げた、ルークのライトセイバーは、またもやダース・モールの体をまっぷたつにした。
 「やれやれ、こいつは、他人のライトセイバーにめちゃ弱じゃな。しかたない、また新しいの出してくっかの」皇帝の声がしだいに遠ざかっていく。
 ルークは、羽子板の押絵のように飛び出したアミダラ模様の金屏風を見上げた。母の香りはひとかけらも残っていなかった。ふと気がついた。アミダラが死んでは、自分は存在しなくなる!? ルークはあわてて自分の手を確認し、レイアの方へ振り返った。
 レイアは微笑んでいた。そして自分の顎の下を左手でつかむと、顔の皮をばりばりと剥いだ。彼女の顔の下から、さらにアミダラの顔が現れた。レイアは、いや、もはやピチピチのビキニギャルとなったアミダラは、Missヤンマガコンテストの優勝女王のごとく勝ち誇って叫んだ。「あったしーがちょーほんもののー、アミダラよっ!」そしてルークへ向かってウィンクを投げたかと思うと、こんどはあたるをさいわい、あちこちに秋波をビびびビびビび、と発射した。
 庭の茂みに隠れて出番を待っていたハン・ソロ*9とチューバッカ*10ジャー・ジャー・ビンクスが、その秋波にきりきり舞をし、3人並んで白鳥の湖を踊った。剣道の防具をはじけ飛ばしたダース・ベイダーは、体中から青白い火花を噴き上げ、ブリキ人形のように手足を振りながらパラパラを踊った。逃げ遅れた皇帝は、錦絵のポーズを決めて固まっていた。
 ルークは力が抜け、へなへなとひざまずいた。「ジェダイの正義とは、どこまで卑怯なんだ」ルークの頭の中でははなぜか、ヨーダの声が渦巻いていた。
 (ジェダイは考えてはならぬ。現実をありのままに受け入れるのじゃ、のままに受け入れるのじゃ、け入れるのじゃ、のじゃ……)
 ヨーダの声とともに舞台はみたび暗転する。

*1:ルークの父

*2:物打がレーザーである剣。光線もはね返す。個人専用

*3:エピソード1『ファントム・メナス』の悪玉。顔色が悪い

*4:スターウォーズ”全編を通して、悪玉の親玉

*5:一つの細胞から全体を再生した人体

*6:大きい髪型で一世を風靡した女優?

*7:危険なことを代わりに行う人。スタントマン

*8:帝国軍守衛

*9:ミレニアム・ファルコン号の船長

*10:ハン・ソロの有能な助手