【マッチ・ポンプ】
「ったく、あいつと兄弟だなんて信じられないよ」ルークがぶつぶつ言いながら戻ってくると、オビ=ワンはR2とクリーチャーチェス*1の最中であった。
「ルーク、戻ってきたか。2勝2敗だ」オビ=ワンは嬉しそうに言った。
「R2、手加減は、わからないようにやれよ」ルークはウィンクをした。
「実力だよ。ところで、チェスの駒は、おまえとわたしのようだな。さしずめ、チェス盤がルーカス空間だ」
「それを言うなら、チェスのルールそのものがルーカス空間ですよ。ルーカス空間を実体化させた映像空間が、むしろチェス盤です」
「それでは、ルーカス空間と呼ばずに、そうだな、ルーカス場とでも呼んでおこうか。ハンと何かあったのかい?」
「いいえ、別に」ルークはソファへ無造作に座り込んだ。
「あれでも兄弟だ。現実を認めるしかあるまい」
「そんなことじゃなくて! でも、いいです、最初からわかっていたんです」ルークはR2を軽く蹴った。
「ピュキ、ッププ」R2はチェス盤をひっくり返した。
「ルーク!」
「ごめんごめん。さ、R2、片づけてくれ、命令だ」
オビ=ワンとルークは、物忘れの激しいR2型ロボットがチェス盤をファルコンの船外に放り出すところを、ぼんやりと眺めていた。
オビ=ワンがはっとして、ルークに向き直った。「さっき、わたしの質問に半分しか答えていないが、ルーク、やっぱりわたしにはおまえが主人公に思えるよ」
「まだ言ってるんですか」ルークは、オビ=ワンの愚鈍さに、少しむっとした。「まあ、確かに主人公が消去されるのは『ファントム・メナス』からなので、その前の3部作には主人公がいると言ってもいいでしょう」
「100歩譲ったな。しかし、3部作のすべてに出ているのはおまえだけではないぞ。主人公は複数ではないか?」
「アナキンも、いや父も同じことを言ってたのでしょう? 主人公は複数、それじゃ納得がいかないから、目に見えない別なもの、それがフォースである。ゆえに主人公はフォース。さらに、フォースを白と黒に分離し、その対立こそがストーリーの骨子である。は、ナンセンスな神秘主義ですよ」
「確かに変だな」
「ぼくが主人公のように見えるのは、ひとえに、ええと、さっきのルーカス場のためですよ。ジョージ・ルーカスは観客にひとこと、“フォースを感じよ”とのみ直接伝えたかったが、それは映画ではない。だから、オビ=ワンがぼくにそう言ったことにしたのです」
「ルーカス場を定義するために、わたしやルークが導入されたということか」
「さらに、そこにあえてストーリーという体裁を取らざるを得なかったのです。言うなれば、ルーク・スカイウォーカーは主人公であり、同時に観客がその中へ入りこむ容れ物となります。その容れ物の動く方向を指示するのがストーリーです」
「つまり、ルーカス場は、主人公を消去するためにまず主人公を設定し、ストーリーを消去するためにこそストーリーをでっち上げたということなのか」
「それが現実に一番近いんですよ。現実にはストーリーもなく、主人公もいません。しかも、映画が現実に近いということは、さっきも言ったと思いますが、現実の中に映画が入りこんでもよいのです」
「それはたとえば、んー、コスプレ*2だな?」
「そうです。確かめたことはないけど、シューティングゲーム*3も3Dフィギュア*4もコスプレもCGもミステリーサークル*5も、“スターウォーズ”以後に発展しているはずです。ジョージ・ルーカスが『想像力がすべてを変える』といったことは、その意味で、ビンゴ*6、です」
「ミステリーサークルまでもか! ふーむ、現実と映像がお互いに侵食し合っている感じだな。ところで、ルーク、おまえが言った事を、わたしは別な言葉で言い換えているだけのような気がするのだが?」
「かまいません。常にルーカス場は境目を消去するというように機能し、消去する境目がなければ作り出すのです。そのようなルーカス場では、個体差だって消去可能でしょう?」
「わたしと、ルーク、おまえとの間には決定的な違いはないのだな」
「ぼくという生身の人間がいて、かりにベンがフルCG*7だったとしても、決定的な違いはありません。ただ、境目を消去することによってしかルーカス場が成り立たないのであれば、消去されるべき境目を導入するために、どうしても実写の人間が不可欠な要素となるのです。いってみれば、それがルーカス場の“矛盾”であり“自然”です」
「それが、ルーク、おまえの言葉でいうと、限りなく完全に消去されうる齟齬がそのつど見出される空間、ということだな。せっかく言い換えたが、どんな空間なのかさっぱりわからぬ」
「そのとおりです。変な空間ですね」ルークは、こんな議論にはもうあき飽きした、という風に大きく息を吐いた。おまけに睡眠不足で、まぶたがどんよりと重くなってきた。ルークはいつしか眠りに落ちていた。
ここで舞台はふたたび暗転する。