【無限に消去される】

 「ルーク、理解できたよ。いま時間いいかね」オビ=ワンはすっきりした顔をしていた。
 「げ、ベ、便、いやマイマスター。さっきトイレに入ったばかりではありませんか」ルークは、オビ=ワンの理解の速さもそうだが、トイレの短さに驚いていた。
 「ああ、おまえの話は聞いているときにすでに理解できた。わたしはジェダイだし、なによりルーカスのフォースの中におるのだからな」
 「ここはフォースの帝国、ですね」
 「ところで、いまだに疑問が2つある。“スターウォーズ”3部作で、ルーク、おまえが主人公のように見えるのはなぜか? ということと、その、映像空間が技術次第であれば、そのうち生身の人間など不要になるのではないか? ということだ」
 「うーん、その2つの質問は、実は同じ見かけのうらおもてなのです。映像空間から説明するとわかりやすいので、まずそこから」
 「うむ。CG技術は、時間さえかければ、ほぼ無限に発達するといってもよいだろう?」
 「無限といっても、たとえば、費用の面などで限度はあるでしょう」
 「技術開発によって費用も再生産できよう。まあ、現実性は置いておくとして、わたしが“無限”というのは、後々は人間であるキャラクターさえもすべてCGとなりうるだろうという意味だ。それではCGではなくてアニメ*1だな」
 「コンピュータで加工する点では、アニメもCGも区別されません。ただ、ぼくには一つ確信があるのですが、こんごいかなる技術が実現されようとも、ルーカスには俳優の実写*2が必要となるのです」
 「つまり、人間の姿形を必要とするということかね? CGキャラのジャー・ジャーが主人公でもよいではないか」
 「あっ、主人公チェック! いえあの、マイマスター、実写を必要としているのはむしろルーカス空間そのものがであって、観客が必要としているわけではありません。ルーカス空間はそもそも前景と背景との齟齬を限りなく消去するように機能しています。空間の偏在性とは、前景と背景の区別なしに、物体が連続して整然と配置されていることだからです」
 「前景とは、おまえの言う、ストーリーや主人公も含まれるな」
 「そうです。前景と背景の区別を消去することは、すなわち主人公を特定せず、ストーリーを特化しないということです。そのようなジョージ・ルーカスの姿勢は、たとえば、エピソード7以降を作成しないという意向にも現われていると考えていいでしょう」
 「つまり、誰もが勝手に、そこから先のストーリーを考えることができて、いわばストーリーも偏在している、という感じか。ふむ、ファミコン*3的だな。ん? そういうのはRPG*4的というのか。では、ルーカス空間が齟齬を無効にしたいのであれば、やっぱり実写の人間など不要な気がするぞ? クワイ=ガン・ジン役の役者は、目の玉が書き直されたといって激怒していたぞ」
 「齟齬は、無効にするのではなくて、消去されるべきものです。消去を完璧に行うために現在のCG技術があり、ぼくが“無限”という場合、その消去の完全性がはらむ無限のことを言っています」
 「わたしの“無限”とどう違うのか?」
 「ベンの“無限”は、どこまでも際限なく発散する、ということでしょう? ぼくの“無限”は、ある理想状態があって、そこへ限りなく近づく、ということです。収束する無限です」
 「発散する無限と、収束する無限、か。わたしの言う無限は、いわば確認不可能で、ルーク、おまえの無限は識別不能ということだな」
 「そういうことです。すべてをCGで制作すると、消去という操作そのものがなくなってしまいます」ルークの動悸が早くなった。「もしかして、その、消去という操作を完了するためには、『映画の外』という外部性が前提される必要があるではないか? それは例えば、マイマスター、オビ=ワンという役を、アレック・ギネスユアン・マクレガーが演じていることを知っている、といった種類の外部性です。特権と言い換えてもよいでしょう。『ルークの母親はアミダラ*5である』といった、映画の内部では触れられていない事項について『実は〜ということを知っている』と述べることは特権であり、そこに一種の外部性を見るかもしれない。そのような外部性が映画の内部で無限に消去されていくこと、そこに観客は喜悦を見いだし更なる外部性を追い求める一方、外部性を理解せぬ観客にとってはそれは無意味である。これは外部性というよりも、外部閉鎖性と言った方がよく、つまりこの外部性、または特権は、誰にも誇示できぬ性質のものなのだ。しかし本当に“外部”なんてあるのだろうか? その外部も、やはりルーカス空間の一部でしかないのではないか? 内部と外部の区別がないとすれば、それは差異の解消などではなくて、やはり齟齬の消去でしかなく、むしろ、現実がルーカス空間に囚われているというべきではないか? つまり、ルーカス空間の均質性は、すでにそこが満たされているという定常状態ではなく、等質であることがそのつど見出されるような運動性を帯びていて、そのためには齟齬が消去されているという確認を常に必要とするのだ。そうか、わかったぞ!」いつのまにかソファの周りをぐるぐるを歩きまわっていたルークは、そこまで一気にまくしたてると、はっとわれに返りソファにちょんと座った。「マイマスター、いかがですか?」
 「ル、ルーク、おまえの言っていることは、わたしには難しすぎるようだ」オビ=ワンは汗をふきながら、弟子のルークが新しいジェダイになりつつあることを実感した。それまで漠然と気がついていたことを、明確に表現しないのがこれまでのジェダイの姿勢であった。オビ=ワンは、クワイ=ガン・ジンの末期の、いつも言い足りなそうな表情を想いおこし、ルークにジェダイの未来を見た。「時代は変わったのだな」
 「ベン、あなたにはすべてわかっているはずだ。ああ、ちょっと、レイアが呼んでいるので行ってきます」

*1:秒24コマのパラパラ漫画

*2:なにもないところで俳優が演技するところを撮影すること

*3:ファミリー・コンピュータ (C)任天堂

*4:ロールプレイングゲーム

*5:ルークの母、彼女の影武者一団をアミダラーズと呼ぶ