【フォースの場所】

 「マイマスター、オビ=ワン。昨日の続きですが」目覚めたばかりのルークは赤い目でオビ=ワンに話しかけた。
 「寝不足だな、ルーク。ジェダイにねぐせは禁物だ。そのねぐせが気になるあまり、正しい判断を狂わせる。まず、わたしからおまえに聞きたいことがある。まあ座りなさい」オビ=ワンは、ミレニアム・ファルコン号の応接間のソファに腰を下ろした。ルークもオビ=ワンのとなりに座った。
 「ファルコンに応接間があったなんて」ルークはまわりを見回した。
 「ああ、ハンにフォースで作らせた。ちょっと語弊があるな」
 「かまいません。なんといってもここはフォースの国ですから」
 「なるほど……。では、わたしから質問しよう。ルーク、おまえは最初、自分を主人公だと言ったが、なぜだね?」
 「それは」ルークは中空に答えを探した。「映画のクレジット*1の最初に名前が出てくるからです」
 「名前が出てくれば主人公かね」
 「それも最初に、です」
 「名前は、人間だけだろう」
 「ジャー・ジャー・ビンクス*2もクレジットされています」
 「それは声がそうだということだな。つまり、おまえは主人公は人間であるべき、と考えていたわけだ」
 「いつそんなこと言いました、クレジットは冗談ですよ。それはそうと、オビ=ワンはぼくにこう言いました。“フォースをもっと感じろ”と。これは、ぼくだけに言ったのではなかったのですね?」
 「ふむ、いい解釈だ。わたしが言いたかったのは、“感じろ”よりも“もっと”の方だ。フォースはいつもそこにあるのだから」
 「そうです。そこで考えたのですが、オビ=ワン、あなたが“フォースをもっと感じろ”とぼくに言い続けたのは、見かけはその通りですが、言っている対象が違うと思うんです」
 「では、誰がだれに言ったのかね」
 「もちろんジョージ・ルーカス*3がですよ! ルーカスが観客に向かって、“フォースをもっと感じろ”と言ったんです」
 「製作者からのメッセージ、か」
 「そう。そして多くの人が“スターウォーズ”にはまった。これはフォースを確かに感じたからだと思うんです」
 「ではルーク、おまえは観客が主人公とでも言いたいのかい?」
 「……違います。ただ、フォースにどんな意味があり、どのように機能しているのか、ということを抜きに“スターウォーズ”の主人公をうんぬんすることはできないと思います」
 「ふむ、ルークのアプローチはアナキンとはまた違うので興味深いな。では、おまえが言う、ルーカスが感じさせたいフォースとは、なんだね」
 「フォースは……、だからフォースです。ある種の力です」
 「ルーカスには想像力くらいしかないようだが」
 「そうそうそれ、想像力です。ルーカスは観客に“わたしの想像力をもっと感じろ”と言ったのです。ああ! そうか」ルークは興奮して飛び上がった。
 「ジェダイは驚いてはいけない。冷静に保つのだ」オビ=ワンは右手を、ルークの目の前へかざした。
 ルークは深呼吸をした。「すみません、マイマスター。ルーカスが想像力を表現したのは、ストーリーでも特定の時代でもなく、映像そのものだったんです。つまり特撮ですよ、CGだったんです」
 「ルーク、おまえの話だと、フォースはCGであるということになるが」
 「えーとですね、CGそのものと言うよりは、CGなどの最新技術で表現される映像空間です」
 「うむ、確かにわたしは、惑星オルデラーンが消滅した時にフォースの乱れを感じたから、ルーカスはフォースを、偏在する“場”として考えてはいるようだ」
 「それが要するに、映画の中でしか実現されないはずの映像空間です」
 「観客は、その空間を感じたから、キャラクターグッズ*4を買い求めるのか。自分の周りをフォースで満たすために」
 「ルーカスのフォースは、実はすでにどこにでも偏在しています。それはまず“スターウォーズ”を満たします」
 「そのなかにわたしがいて、ルーク、おまえやレイアやハンもいる」
 「ただ、偏在するためには、空間全体が均質である、つまりどこまでいっても同じ性質を持っていなければいけません。まず、ジョージ・ルーカスは、その“どこまでも”を表現するために広い宇宙を舞台にしたわけです」
 「それは空間の話だが、時間についてはどうだね?」
 「だからこそエピソード4を最初に作ったのですよ! 時間も均質であれば、どこから話し始めてもいいですよね」
 「ふむ、なるほど。さっきルークが言った、“ここはフォースの国”ということだな」
 「ええ、その通りです。話をもとに戻します。宇宙を舞台にするには状況説明としての宇宙船が必要で、映画的にはなんらかの技術で画像合成されなければいけません」
 「ま、現実には宇宙船など、確かにあり得ぬからな」
 「“スターウォーズ”のメイキング映像を見ると、特撮クルー*5が、しきりに合成部分のエッジ*6のことを説明するのは、映像表現における、現実部と架空部のエッジ(境界)がジョージ・ルーカスの理想空間を脅かすからで、エッジの存在によって、その空間が不自然に感じられるんです」
 「不自然ではいけないのかね?」
 「まず遠近法が狂います。遠近法で実現される理想的な空間には、機械的に物体が配置されています。そこにもし、画像の合成によるエッジを認めれば、その部分が浮いた状態となり、これでは遠近感を感じることができません。エッジ以外にも、ピントとか、色調とか光源の方向などを背景と同化させる努力をしなければ、これまた遠近感が失われてしまいます。その意味で、遠くの方で飛び立つ、合成した鳥の一羽いちわを個々に確認できる必要もありません」
 「その偏在する遠近法的空間が、ルーカスのフォースということか」
 「そう考えると、ルーカスが3部作に執拗に手を入れ続けた理由も説明がつきます。最新技術によるエッジの修正以外にも、ルーカス空間が随所に現われるように、戦闘機を飛ばしたり、ジャバ・ザ・ハットを追加修正していますから。あ、“ルーカス空間”とは、偏在する“スターウォーズ”的映像空間のことです」
 「ふむ、ルーカス空間とはいい得て妙だ。しかし、3部作の手直しは、ストーリーの流れに関係しない部分ばかりではないか?」
 「その通りです。実際には、ルーカス空間を偏在させるためにはストーリーがかえって邪魔をするんです。そこで『ファントム・メナス』でルーカスは、思い切ってストーリー性を減少させ、シーンだけをつなぎ合わせたのです。このことは、今後の可能性として、映画のすみずみまでさらに手直しを加えるつもりがルーカスにあるということです。可能であればルーカスが死ぬまでずっと、です」
 「ふむ、ストーリーが存在しなければ、ストーリーを動かす特定の主人公も不要、か。なるほど、わたしが最初に、アナキンやおまえに主人公が誰かを尋ねたのは、まさに『ファントム・メナス』の主人公が誰なのかわからなかったからだ。どこをどう見ても、オビ=ワンであるわたしが主人公とも思えなかったしな」
 「ええ、オビ=ワン、いや、マイマスター。ぼくの考えたのはこうです。フォースは単なる均質な空間、つまりルーカス空間でしかなく、主人公と呼べるものではありません。さらに、ルーカス空間を実現するためには、背景と前景の区別をなくす必要があり、それゆえに特定の主人公が不必要となるのです。主人公は前景の一部であるという意味でも」
 「うーむ、そこまで考えたか」
 「ベン、あなたもアナキンも、いや父も、映画には主人公がいなければならないと、いまだに思っているのでしょう?」そう、ジェダイも主人公ではあり得ない、とルークは強く思った。ジェダイはルーカス空間を認めている、だから彼らには驚くという感情がないのだ。ルークの頭をかすめたのは、オビ=ワンも自分も何かに驚いていて、それは2人ともジェダイではないことを表しているのではないか、という不安だった。ルークはヨーダ*7の見解が知りたかった。「ヨーダジェダイさ、たぶん」
 「今度はわたしが考え込む番だな。ルーク、おまえの結論が納得できるまで、すこし時間をくれぬか。フォースがわたしを呼んでおる」
 「いいでしょう、マイマスター」ルークはにっこり微笑んで、トイレへ急ぐオビ=ワンの背中を眺めていた。

*1:映画の最後にだらだらと出す、役名と俳優の一覧表

*2:要するに宇宙人の名前

*3:スターウォーズ”生みの親、そして監督、制作総指揮

*4:アニメや映画に出てくるもののおもちゃ

*5:現実にはない映像を作成する技術者

*6:輪郭

*7:ジェダイ全員をまとめる長老。ジェダイマスター