【オビ=ワンの疑問】
「ルーク。“スターウォーズ”の主人公は誰かな」オビ=ワン・ケノービ*1はミレニアム・ファルコン号*2の中で、ルーク・スカイウォーカー*3にも確かにそう尋ねたはずだった。“はず”というのは、その質問をいつしたのかはっきりと思い出せないからだ。
「はい、ベン、いやマイマスター。主人公はぼくです」心得たルークは、オビ=ワンの質問に少し先回りをしてきっぱりと言い切った。「でもあなたはそんな答えを聞きたいわけじゃないのですよね」
「ううむ、まぁ、そうだ」オビ=ワンは言葉を濁す。「わたしはむかし、おまえの父であるアナキン・スカイウォーカー*4にも同じ質問をした」
「アナキンは、いや父は」ルークは少し身を乗り出した。「そのとき何て」
「アナキンは賢明だった。少なくとも、自分を主人公と考えてはいなかったよ」
「すみません、マイマスター」ルークは顔を赤らめた。「でも、『新たなる希望』*5と『帝国の逆襲』*6と『ジェダイの復讐』*7の“スターウォーズ”3部作すべてに出演しているのは、ぼくとレイア・オーガナ姫(ルーク・スカイウォーカーの妹)とハン・ソロ(ミレニアム・ファルコン号の船長)と、チューバッカ(ハン・ソロの有能な助手)とC−3PO*8とR2−D2*9と……、あとダース・ベイダー(ルーク・スカイウォーカーの父=アナキン・スカイウォーカー)ですが……、なんて読みにくい台詞なんだろう」
「ちと説明ぽいな。最後にまとめとくか」オビ=ワンは右手をさっと振った。
「ええと、その後は……、待ってください、ベイダーは、つまりアナキンは、要するにぼくの父は『ファントム・メナス』*10にも出たから、4作すべてに出ていることになる」
オビ=ワンは微笑んだ。「わたしを忘れちゃいないかね? ルーク」
「すみません、マイマスター。あなたも4作すべてに登場していました。ということは、アナキンは、いや父は、ベンを、いやオビ=ワンを主人公だと考えたのですか?」
「アナキンが賢明だったというのは、彼は必ずしも、人間が主人公であるべきとは考えていなかったことだ」
「ベン、あなたも実際は1作目で死に、2、3作目は幽霊としてぼくを導いてくれました。つまり主人公は生身の人間ではないということですか」
「だからわたしは違うと言うておる」オビ=ワンはいつになく、ルークの勘が悪いことに気をもんだ。「主人公は、人間でも機械でも、CG*11やパペット*12で表現されるクリーチャーでもない、とアナキンはまず言った」
「ところで、マイマスター、ぼくたちは生身の人間なんでしょうか? このままでは“スターウォーズ”を知らない人が読むと、限りなく無意味に近いのではないかと」
「ルーク、おまえの言っていることは、われらに固有名が与えられていることと同義だぞ。ありゃ、わたしは何を言っておる? ともかく、ルークやわたしについての描写や説明をいくら重ねても状況はいっしょだ」
「服装や、表情や髪の色や、せめて立っているか座っているかくらい説明しては?」
「そのような冗長性は不要だ。強いていえば、『ここにオビ=ワン・ケノービがいて、そこにルーク・スカイウォーカーがいる』ということにすべての状況と説明が含まれておる。それはともかく、先ほどのアナキンの答えに戻ろう。彼は何と言ったと思う?」
「フォース*13……、ですね」ルークの目に光が宿った。「主人公はフォースなのですか? フォースを主人公といっても良いのですね」
オビ=ワンは満足げにうなずいた。「それがアナキンの答えだ。正確には、白いフォースが主人公だと言っていた」
「白いフォース、すなわちダークサイド*14を退けるということですね」
「そうだ」オビ=ワンはルークの明察に満足した。ジェダイ*15の会話には根源的な疑問など存在しない。ただお互いに確認するために疑問形を用いるだけだ。オビ=ワンは、ルークと会話しているようでいて、実際は自分ひとりが話しているような気がしてきた。オビ=ワンの師、クワイ=ガン・ジン*16と話してもそうであった。いつもわたしは一人で喋り続けているのだ。「なるほど、だから落着いているわけだ。I hate fly」
「あの、オビ=ワン、いやマイマスター。フォースのことは、もう少し自分なりに考えてみたいのですが」
「ああ、かまわんよ」オビ=ワンはルークへ微笑んだ。
ここで舞台は暗転する。