「月」

勤に1時間あまりかかるので、その間に音楽を聞いて本を読んでメモを取る。そして、少なくとも一日に2つのことを考える。


 一つは、職場のイヤな人をどう避けるか工夫したり、部下や上司にどんな風に気に入られようか案じたり、あの人にどうセックスを持ちかけるか画策したり、要するに、会社へたどりつくまでに今日いちにちを組み立てる。


 もう一つは、今日の失敗をウジウジ悩んだり、コロッと忘れていたことを突然思い出したり、夕食のメニューを組み立てたり、要するに帰宅までのあいだ、とりとめなくぼんやりもやもや考える。


 帰りの夜空を見上げると満月。周りには僕同様、帰宅のひとがたくさんいるけど、携帯電話をじっと見つめていたり、飲み屋に首だけつっこんだり、歩きながらタバコの灰をまき散らしたり、うつろな目で大きな買い物袋を運んだりしている。誰も月なんか見あげたりしない。


 もしかしたら、世界で僕だけが、あの月に気がついているんじゃないかと考えたら、疲れがほんの少し取れた。