他人を追い越す

「こんにちわ」
「こんにちわ。いいですね、最初にあいさつをするのはいいですね」
「はあ、こんにちわ」
「はいこんにちわ。あいさつは一度でいいですよ。今日の調子はいかがですか」
「まあ、いいです」
「あのあと具合はいかがでしたか」
「まあまぁいいです。(両手を広げて)これくらい?です」
「言葉で説明してください。あなたの言葉でけっこうです」
「そんなことよりもですね! 実はお話ししたいことはですね! 仲根かすみがわたしのことを笑うんですよ」
「仲根さんはどういう方ですか」
「笑い方はうひひ、だったかな、でも実は彼女のことをよく知らないんです。ストーカーかも知れません」
「仲根さんはどこであなたを笑うのですか」
「どこでも、あちらこちらでわたしを笑っているようです。でもわかるんです。仲根かすみはいろんなところで評判がいいんですが、実は小さい時にいじめっこだったようで、そのおかげで二人死んでいます」
「最近、その仲根さんとあったのはいつですか」
「あの〜、先ほどから仲根さん仲根さんっておっしゃいますが、いったいそれ誰ですか?」
仲根かすみさんがあなたを見て笑うのですか」
「そうですね、こぅ思い詰めた表情というねかなー、じっとわたしをんんー、睨んでっていうかなー。こう胸のあたりがぐぐっと締めつけられるように痛くなるんです。詩的な表現で申しわけありませんが」
「続けてください」
「はい、最初は別に気にならなかったんですが、最初はええとなんだったっけなぁあのグラビア雑誌」
週刊プレイボーイですか」
「ああ、まだオーラル力が残っている雑誌ですね。昔の雑誌にはオーラル力、つまり言葉の力が、言葉が人に与える影響力がまだ生きていましたよね。わたしたちはその古きよき時代の中で、時代の空気を思い切り呼吸していたもんですね。その時代の空気感をいまだ残す雑誌が、まさに週プレなんです」
「なるほど。続けてください」
「一方、オーラル力の低下を最初に示した雑誌はヤンジャンなんです。ヤンジャンのグラビアにはそのアイドルが言いそうで、かつ絶対に言うはずがないコメントを付けています。たとえば『あたしの傘をそっと開いてください』って意味わかりますか」
「そうですね。続けてください」
「それ意味ありますか? 傘にはないでしょう。そのへんからオーラル力は落ちていくべきところまで落ちたんです。落ちていくべきところって、要するに無意味です。言葉が無意味となる領域です。わたしの考えでは、昨今の日本語ブームの基盤というか凋落の原因を作ったのがヤンジャンなんです」
「いつごろのヤングジャンプですか」
「へ? ヤングジャンプってなんですか。関係ない話でさえぎらないでください」
「ああ、すみません。そうですね、続けてください」
「わたしが言ってるのはグラビア雑誌のオーラル力ですからSAPIOとかSPA!小林よしのりとは違うんですいまオーラル力があるのはやっぱり週プレですねサブラはグラビアの質にこだわる割には伝わるものが少ないのでオーラル力は低下していると思います」
「オーラルというのは言葉という意味ですか」
「あ思い出した。TITLEって雑誌だ。初めてそこで見かけたんですが、たしか創刊2号かな『カワイイ2000』て特集だったからもう3年前なんですね」
「続けてください」
「そこで『新鮮なエビみたいにプリプリ』って紹介されたんです。デビュー間もなくエビです。人間なのにエビ。これってうれしくないですよね。いくらきれいにかわいく写真を撮ってもらって、その写真にエビ、と書いてあるんです」
仲根かすみさんがエビと呼ばれたのですか」
「エビです」
「プリプリのエビですか」
「プリプリのエビです」
「おいしそうですね、おいしいんでしょうかね」
「エビと言っても人ですからね、そこは、いろいろと法律がからんできますし」
「ふむ……」
「エビのことじゃなくて、前の人を抜かそうとするわけですよ」
「続けてください」
「前の人は、わたしが後ろを歩いているなんて知らないわけですよね」
「靴はそのスニーカーですね。続けてください」
「前の人は、わたしが後ろを歩いていることを知らないから、ものすごいスピードで歩くわけです。わたしに抜かれまいとして」
「でも、後ろをあなたが歩いていることを知らなければ、前を歩いている人が抜かれまいと考える必要はありませんよね」
「そうです、まったくその通りなんです。問題は、わたしが後ろを歩いていることを知らない人が、どうして抜かされないように次第に早足になっていくかという点なんです」
「続けてください」
「わたしが抜かそうとする意思は、わたしが後ろにいることそのものを知らない限り前の人には知りえないものですよね。さらに言うと、わたしが後ろにいたと知ったとしても、抜かしたいのかそうでないのかなど他人に知りえないことでしょう」
「続けてください」
「だったらどうしてわたしは前の人を抜かすことができないのでしょうか」
「いいですか、抜かそうぬかそうと考えるから、抜かすことができないんです」
「はあ、ではどのようにすれば……」
「抜かそうと考えなければいいんです」
「そうするとちっとも抜かすことができませんよね」
「そりゃそうです! 抜かそうと思ってないんですから、抜く必要がそもそもないですよね」
「それじゃ前の人はどんどん歩いて行っちゃうじゃないですか!」