「超」怖い話Ξ(クシー)|編著:松村進吉|竹書房文庫|2009/09/10-09/12

超 怖い話 Ξ クシー (竹書房文庫)|P222|自|5
♪横浜 たそがれ ホテルの小部屋♪口づけ残して 煙草の煙♪が、怪談の基本だ

ひやむぎ
(P9)細川よりも少し下、小学校低学年程の背丈であるが、皺だらけの紺絣(こんがすり)は乱れ、ざんばらの黒髪には雲脂(ふけ)とも埃ともつかない白い汚れが絡みついている。顔を伏せているように見えたが、そうではなかった。普通なら鼻のあるべきところに髪の生え際があり、目鼻は顔の下半分にぎゅっ、と圧縮されていた
兄弟げんか
(P13)「弁償だ。百円で指一本、二百円だから指二本、折るぞ」
ホーム
(P19)すると──チカチカッ、と、何かが瞬いた。女性の顔付近。子供の顔でも、チカッ、チカッ、と断続的に光が漏れ始める。ペンライト程度の、極小さな光である。チカチカッ、チカッ、チカッ──ふたりの顔が僅かに持ち上がり、灘尾さんのほうを向いた。小さな光が灯りっぱなしになった。目だった。光る目が二対、灘尾さんのほうを見ていた
警告者
(P27)那須の腰の高さに黒髪があった。顎を引くと、真っ白な顔もこちらを見上げた。小さな子供の体型に、成人女性サイズの頭が載っている。〈……お……しに……す〉ボソボソと色のない唇から低い声が漏れる。聞き取れない
ブーゲンビリア
(P70)歯切れの悪い返事で、これ以上訊けない空気を醸し出している。それでも昨日の子供のことを訊いてみた。途端に男性の顔色が変わった。「……知らねぇ。いいからあっちに行ってろ」しつこく食い下がると、こんなことを口走った。「まぢもぅん!」方言だろうか。どこか怒りを含んだ語気にその場を立ち去るしかなかった
鋸の傷
(P88)中学生くらいの女の子達がそこにいた。全部で三人いる。季節外れの夏用のセーラー服が、夜目にも白い。肩まで伸ばした真っ直ぐな髪が、そのあどけなさを強調しているようだ。幹に寄りかかったまま驚いた顔で康一さん達をじっと見返していた
帰郷
(P101)「友達が言ってた『この話』ってのは、どうやら『山に出る子供の幽霊』の噂らしいんですが、僕は聞いたことありませんでした。正直、知らなくて良かったなと思いますね」
赤とサイレン
(P117)フロントガラスの目の前に、真っ赤な割烹着姿の中年女性が直立していた。四十代後半か、五十代。顔色は白く、だが鼻先や耳、瞼などは真っ赤に充血している。表情はない。ただぼんやりと車を眺めている
判断力と後悔
(P124)殆ど真っ暗闇な地面に、白い長い筒が転がっていた。じんわりと浮き上がって見えるそれは、真っ直ぐ白壁の方から伸びている。腕だ。ゾッとするほど長い。二メートル以上もの、長い長い腕。根元は闇に溶けてしまって確認できない。先端に生えた真っ白な指が、洗濯バサミのように酒尾君のズボンをキュッと(つま)んでいる
逆襲
(P134)荒れた首の断面図を上に向け、下から三十センチ上辺りに浮いている。女は逆さまのまま不思議そうな顔をし、部屋の中を()め回した。キヨ達に出来ることは、後退(あとじさ)りすることと、身を寄せ合うことぐらいだった。女が視線をキヨ達に向けた。〈ヅァオ、シュェィ?〉どこの言語だろう。女が何かを問い掛けていることだけがわかる。〈ヅァオ、シュェィ? ヅァオ、シュェィ?〉
不覚
(P147)お兄さんの背中に大きな傷痕が三本残り、血が滲み出していた。まるでそれは巨大な爪か何かで引っ掻かれたかのようだった。「お兄ちゃ……うっ」江角さんは思わず鼻を押さえて後退(あとずさ)った。お兄さんの身体から()えたような臭いが強烈に放たれていた
檸檬
(P164)シンク下の狭いスペースに、膝に顔を埋めた女が座っていた。顔はよく見えない。明るめの茶髪は、今見ていた雑誌モデルのヘアスタイルに似ていた。ちらりと覗く服も、普通の若い女性が好みそうなコーディネートに思える。女の頭が動いた。間髪入れずに首がぐんと下に伸び、頭が足先に向けて落ちていく
残滓
(P179)真須出がじわじわと距離を詰めてくる。絶叫に近い声で、夫を呼ぶ。真須出が動きを止めた。顔から表情が抜け落ち、口だけがだらしなく開く。〈ふう……。ええ、ええ、ええ、ええ……。ふう……〉ため息まじりの相づちを数回打つと、真須出は目の前からあっさりと消えた
長い廊下
(P197)「あそこだよ。まだ、あの部屋に居る」入居前と比べて、既に体重が半分ほどまで減っているらしい。「お前、それマズいんじゃないのか。どうにかしたほうが──」「どうにかってなんだよ。あのさ、常識で考えろよ。俺だって怖いんだよ。あんな新聞の始末までしたんだ、もう充分だろ。勘弁してくれよ」
鑑賞会
(P202)それは、肌色の棒杭に見えた。直径二十センチ程度。長いバスタオルを捻ったような形状で、上半身裸のふたりの男性に挟まれている。怖ろしいことにその下部が、漏斗状に広がり、トランクス型の海泳パンツに続いていた。人間の下半身になっていた。間違いない。元は、人間だったものである。並んで笑顔を向ける三人の男性のうち中央のひとりが、ぎゅうッと雑巾絞りの状態で、細長い棒きれになってしまっている