習作

タナベさんは、黄色いパーカーとスウェットの上下にかかとを踏んだズック靴をはいて、無精ヒゲで顔浅黒く眼光鋭く細く、しかも昔風の丸眼鏡を鼻先でかけているので、ちょっと強面な方が日曜に散歩しているような風情なのだが、待ち合わせた南柏駅モスバーガー店内でぼくの前に座ったとたんにベラベラベラベラと、このモスはあそこの交差点からここに移転したばっかで、携帯電話の画面を食い入るように見つめているか、あるいは携帯電話のボタンを痙攣しながらせわしなく押しているか、あるいは携帯電話の一部をコロコロコロコロ、匚口匚口、ココロ匚口ココ匚口、コロ匚口コロ匚口コロ匚口匚口匚口ココロロ凵ロと回しているか、あるいは携帯電話を半分に折り曲げまた延ばしをパッンパッンと繰り返しているか、それをチラと一瞥した俺ぁ、店内全体の携帯電話がらみの状況、さらに誰もハンバーガーなぞ食べちゃいない様子がとってもほんとうにおかしいことだと感じ恐怖さえ覚え、おそらくあそこの宗教高校か大学だろうな学生とおぼしき男女が二人向かい合わせに座って口だけ喋りながら、お互いそれぞれの携帯電話を操作して電子メールを送信し、いわば目と耳そして親指と口との間に奇妙な空間を形作りながら、声と電子メールで二重のコミュニケーションを完了しているのは驚きだし、そりゃつまり、目と親指を直線で結び、耳と口を直線で結び、その二本の直線は決して交わりもせず明らかに平行でもないサな、ねじれた関係を保っているってことでアなんか俺うまいこと言っちゃったね、電車の中で7人掛けに座った7人とも一斉に、携帯電話でメールを打ち始めたのはハプニング芸術の如き作為的無作為を感じ、思わず写メールしそうになったのだが、よく考えると7人全員が読書しているのを変だと感じないこの印象の違いはなんだろうな、でも、電車で初めて読書する人が現れた時も、おそらくこんな感じで風俗として捉えられたのかもと思うのよ、その上、祐天寺の東急ストアの高校生アルバイトなんかレジ打ちして金額提示後、こちらが小銭を取り出している間に、もう携帯電話をチョチョッと操作しているというのは、どうしてそんなに時間がないのかと思うなてか相手が小銭を出す間も惜しんで携帯電話を操作する理由はわからないが、少なくとも時間がないって思っているってことじゃないかなぁと俺は推測した、と一気にまくしたてた。それをぼんやりと聞いていたぼくは、ワタナベさんの行動範囲の広さがよくわからなくて、祐天寺って世田谷だっけ川崎だったっけ?と違うことが気になっていた。